錦絵 古今珎物集覧 元昌平坂聖堂ニ於て 一曜斎国輝 写図(3枚組・額装)Sold Out
湯島聖堂で開催された古今の珍品を集めた展覧会の模様を描く3枚1組の錦絵です。正面手前には桶に入れた山椒魚、中央には大きな金の鯱、その奥には絵画・書跡・珊瑚・金工品、右側には剝製・骨格標本・額画、左側には染色品・漆器・刀剣・甲冑・陶磁器・楽器などが所狭しと陳列されています。左側の上から2段目には、群馬県にちなんだ「鐙 沼田 上野 光延 作」の文字が見られます。稀少品です。
This is three pieces of color woodblock prints on which Ichiyosai Kuniteru drew the display of the exhibition held for the first time in Japan in 1872.
一曜斎国輝(二代目歌川国輝・1830~1874)は、江戸末期から明治にかけて活躍した浮世絵師。天保年間末から役者絵などを発表し、慶應元年(1865)には「末広五十三次」の制作に参加、慶應3年(1867)にパリ万国博覧会に出品された絹本着色「浮世絵画帳」の制作にも携わりました。明治時代になると、「東京十二景」「東京名所図絵」「東京名勝」など風景画の開花絵で知られました。先日、世界遺産登録された富岡製糸場を描いた「上州富岡製糸場之図」も二代目歌川国輝の作品です。
実際に、明治5年(1872)3月10日から20日間の予定で、湯島聖堂大成殿を会場として、文部省博物局による日本初の博覧会が開かれました。陳列品は、御物をはじめとする古器旧物(文化財)と剝製・標本など天産物を中心に600件余りを数え、大規模な展覧会だったようです。特に大成殿中庭のガラスケースに入れられた名古屋の金鯱は来場者の注目を集め、博覧会人気に拍車がかかり、当局は会期を4月末まで延長したといいます。来場者総数15万人、1日平均約3,000人もの人々がこの博覧会に足を運びました。
東京国立博物館はこの政府による日本初の博覧会の開催をもって、創立・開館の時としているとのことです。
3枚繋いだサイズ:縦35×横70cm
時 代:明治5年(1872)
3枚を合成した画像と「鐙 沼田 上野 光延 作」のアップの画像をブログに掲載しましたので、こちらもどうぞご覧ください。
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